自己肯定感について質問をうけました。
自己肯定は重要だと思いますが、
嫌いな自分を受け入れることができますか?
正直できませんよね。
嫌いなんですから。
嫌いなものは食べたくありません。
我慢しかないですよね。
自分自身、長い間
自分を完全自己否定して来ました。
それは、宗教的理由からなんですが。
その宗教では
本来の人間は素晴らしい存在だったが、
ある罪を犯して堕落してしまったと教えています。
それが、罪の起源(原罪)となって
ず〜と受け継がれて来ている。
罪があるから人間は幸せになれないし、
戦争などの争いが起こる。
だから、今の自分は偽物(罪をもった人間)なわけです。
だから、本来の自分自身に戻るためには
堕落した自分自身を否定して、
間違った部分を切り落としていかなければならない
という観点です。
でも、でもですよ
何年信仰したとしても、
罪はなくならないし、
変わった実感が掴めないんですね。
表面的には良い人になりました。
やってはいけないということは
我慢してしませんでしたから。
でも、それは表面的で
ただ、我慢して自分を律しているだけ。
だから、心の奥底では全く変わっていないと
わかっちゃうんです。
何年信仰しても、自分の本質は変わっていない。
気づいているわけです。
だから、年数が経てば経つほど
苦しくなるんですね。
自分はダメな人間だと。
罪深き人間だと。
ますます自己否定です(笑)
当然自分を否定してばかりいるわけですから
ますます否定する状況になるわけです。
自分に価値はない
自分は何もない
どんどん自分が嫌いになる
思考が現実化していたわけです。
じゃあ、どうしたのか?といえば
価値観を変えたわけです。
善悪の基準→善悪なんてない(笑)
人のために生きるべき→自分の幸せ優先
不倫はいけない→別になんでもいいんじゃない
とにかく今まで信じていたものを
一つ一つ手放して
全部自分の心が基準。
自分がいいと思ってものは全部いい
当たり前なんてない、
自分がルール。
全部関係ない(笑)
常識から考えるとめちゃくちゃです。
だからこれ、結構時間はかかりました。
今まで信じていたことの逆をしていくわけですから。
これをやると地獄にいく〜!
みたいな恐怖ですね。
でも、一つ一つやっていくと
今までの自分がバカみたいだった
ということに気づきました。
自分で制限、ルールを決めて
自分を縛り付けていた。
自分の心の奥底の声に逆らっていました。
心の声と
違うことをやっている自分。
そりゃあ、好きになれませんよね。
自分に嘘をついて生きているわけです。
人は騙せても、自分は騙せません。
不満がどんどん蓄積して
どうにもならなくなりますよ。
結局、全部自分次第でした。
価値観を変えて
自分基準にしたら
本当にラクになりました。
なんでも笑えます。
まあ、いいんじゃない
どうでもいいわ
なるようになる
なんてね。
これが自己肯定なんだなと。
自分の心の声を素直に聞いてあげる事。
認めてあげる事。
でも、まだまだ
たまに思いますよ。
こんなに何も考えてなくていいの?
自己中心でいいの?
なんてね。
でも、すごいラクになったし
悩まなくなったし
物事がうまくまわっているし、
悪いところはありません。
そして、他人を許せるようになります。
みんなそれぞれ。
自分の好きなことをやればいいと
思うようになります。
もともとワンネスなんですから
当たり前ですね。